*お別れ*

 *お別れ*

 昨日、パパのお父様が永眠しました。
 5月24日で81才になるところでした。

 5年前の6月2日に脳内出血で倒れて手術、半身麻痺と言語障害を伴いながらの長い長い入院生活でした。
 当初から気管の調子が悪かったので日に何度も痰の吸引もされていました。
 全部の管が抜かれた時はみんなで「楽になれたね。やっと大好きな家に帰れるね。」と言い合いました。

 私はパパとはまだ結婚8年なのでお父さんが元気だった頃は3年ほどしか一緒に過ごせていません。

 でも脳内出血で倒れる少し前の春休みはパパ、息子、ゆずちゃん、私、そしてお父さんとお母さんの6人で温泉旅行に行きました。
 唯一出来た親孝行だったと思います。

 私は嫁らしいことは全く出来ていませんでしたが、亡くなる前日の夜に血圧が下がったと病院から電話があったと、お母さんとゆずちゃんと3人で病院に行くことが出来ました。
 パパは仕事の飲み会、弟さんも自宅で飲んでいたため運転できたのが私だけだったからです。
 でも、最後の最後に嫁らしいことが出来たのでこれもきっとお父さんのおかげなのかなと思いました。
 ゆずちゃんもおじいちゃんの頭をタオルで拭いたり声をかけたり出来たことが良かったと思っているはずです。

 昨日は病院に向う直前に呼吸停止したと病院から電話を受けました。
 延命はしないということを伝えていたので、20分後に到着したときにはもう酸素マスクも下げてあり、点滴なども停止されていました。
 あっけない最期でしたが、酸素マスク自体を嫌がっていたので、お父さんはきっと楽になったことと思います。

 どの看護師さんも「お父さんは本当に頑張った!」と言っていたので、お母さんもパパも弟さんもきっと誇らしかったことと思います。

 パパのお父さんはとっても機械やカメラ、ビデオなどが大好きな人で孫のために毎週録画でアニメや映画、ドラマを録画してはプレゼントしてくれていました。
 2階の一部屋は録画ルームでビデオデッキも数台設置されています。
 ビデオの数はもう山ほどあり、孫の行事のビデオも全部あります。
 
 記録することも大好きな几帳面な性格で、毎日新聞の社説を書写したり、ロトや宝くじの当選番号などの記録もとっていたし、もちろん手帳への日々の出来事の記入も。
 入院してからその手帳を見ると「妻、パッチワーク教室」「妻、三越へ」などお母さんの行動も全部記入されていてみんなで笑いました。

 そんな几帳面なお父さんなので半身麻痺、言語障害になった自分の体はさぞかし辛かっただろうと思います。
 入院してすぐ、お見舞いに行ったときに介助されてもうまく起き上がれなかった時に布団をにぎりしめてとても悔しそうな顔をしていたことを今でも思いだします。
 声に出せなかったけど、大声で泣きたかったんじゃないかと思いました。
 悔しかったんだろうなと思いました。
 でも、麻痺という状態では声をあげて泣くことも文句を言うこともなんにも出来ません。
 どんな風に心に折り合いをつけながらこの5年間を過ごしていたのだろうかと思うと胸が苦しくなります。

 またその5年間、ほとんど毎日病院に通い続けたお母さんが一番頑張ったと思います。
 嫌がられても愛想を悪くされても毎日「お父さん、お父さん」を声をかけ続けたことはみんながわかっています。
 きっと病院に通うという日課がなくなってしまうと淋しくなり気が抜けてしまうと思うのですが、どうかこれからは温泉に行ったり好きなこともしながらのんびりしてほしいなと思います。

 偶然にも昨日は私の母の命日でした。
 21年の前の昨日、私の母は43歳という若さで他界しました。

 今朝、車を走らせていた時「21年前の今日もこういう天気だったな~」と思い不思議な気持ちになりました。

 私の母は長いこと難病を患った上での最期でした。
 本人も相当辛かったと思いますが周りも大変でした。
 でも、周りの人が大変だったという事実、実感は時間がたってジワジワ出てくるものです。
 すぐにはわからないものです。
 きっとお母さんも半年後、一年後に色んな疲れが出てくると思うので家族みんなで支えていけたらいいなと思います。

 また、家族が病気になったり障害を抱えてしまった時、やはり全員の気持ちが1つになる、一致するわけでもありません。
 私も嫁という立場で心の葛藤、悩み、理解出来ないことも経験しました。
 そして考えることは、やはりゆずちゃんには余計な苦労、心配などをかけたくないということです。
 自分が出来ること、考えられること、今一度しっかり取り組んでいきたいなと思うのでした。

 ゆずちゃんは初めての経験で昨日はいっぱい泣き、食事も通らず、夜はフラフラしていました。
 今日はちょっと回復しましたが明日からのお葬式への参列でまたショックも受けることと思います。
 
 でもお蔭様で、私とゆずちゃんとみみちゃんは葬儀場ではなく実家に泊まれることになりました。
 実家から徒歩5分ほどの葬儀場なこと、隣にお父さんのお姉さんの家もあり、2軒同時に留守にすると空き巣も心配。
 誰か家にいてくれるといいなとお母さんが言っていたそうで、「それならみみちゃんいるので」ってことで私が実家に泊まれることになったんです。
 病院にみみちゃんを預けようかと思っていたのですが、他の動物もいること、みみちゃんにはかなりストレスになると思うということ、先生も夜は病院にいないということ、それらを考えると出来れば預けたくなかったので本当に良かったです。

 みんなでお母さんのサポートをしながらしっかりとお父さんを見送れたらいいなと思います。

 ・・・いい嫁ではなかったけれど・・・

 
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by best-bplace | 2011-04-25 17:11 | best@place